労災保険制度の基礎と企業の責任

はじめに

メキシコにおける労災(Riesgos de Trabajo)は、従業員の保護だけでなく、企業の保険料コスト(Prima de Riesgo)に直結する経営課題です。特に、従業員が私的な怪我を労災として申告してしまうケースや、通勤災害の取り扱いについては正しい知識が必要です。本記事では、労災の定義、IMSSへの報告義務(ST-7)、そして保険料率への影響について解説します。

サマリー

  • 労災の範囲:「業務中の事故・病気」と「通勤途中の事故(Trayecto)」の2種類がある。
  • 給付内容:IMSSから医療現物給付に加え、休業期間中は給与の100%が支給される(一般傷病は60%)。
  • ST-7(重要):IMSSから届く労災照会書(ST-7)には、企業側が事実関係を記載して返信する義務がある。
  • 保険料への影響:業務災害は翌年の保険料率を押し上げるが、通勤災害(Trayecto)は計算に含まれない(料率は上がらない)

詳細

1) 労災の種類と定義(LFT第473条〜)

実務上、以下の2つを明確に区別して管理します。

  • 業務災害(Accidente de Trabajo):
    職場内、または業務遂行中(出張等)に起きた事故。
    企業の責任とみなされ、翌年の労災保険料率(Prima de Riesgo)の計算にカウントされます。
  • 通勤災害(Accidente en Trayecto):
    自宅から職場への「合理的かつ直接的」な経路での事故。
    → 労働者は労災給付(100%補償)を受けられますが、企業の保険料率計算にはカウントされません(会社の管理外であるため)。

2) 事故発生時の対応フロー(ST-7)

従業員が病院(IMSS)で「仕事中の怪我だ」と申告すると、医師は「ST-7(労災認定のための照会書)」を発行し、従業員経由で会社に届きます。

  • 会社の対応:
    ST-7に「事故発生時の状況(日時・場所・業務内容)」を記入し、署名してIMSSへ返送します。
  • 異議申し立て:
    もし従業員の申告が嘘(例:休日のサッカーで骨折したのに労災と言っている)であれば、会社はこのST-7で「その時間は業務中ではない」と明確に否定・反証する必要があります。放置すると自動的に労災認定され、保険料が上がります。

3) 安全衛生委員会(Comisión de Seguridad e Higiene)

労災を防ぐため、企業は「安全衛生委員会」を設置し、定期的な巡回と記録(Acta)の作成を行う義務があります(NOM-019)。労災が発生した場合、この委員会の記録が労働局(STPS)の調査対象となります。

誤解と理解

  • 誤り:「通勤中の事故が多いと、来年の保険料が上がる」
    上がりません。 通勤災害(Trayecto)は料率計算から除外されます(LSS第72条)。ここを混同して心配する必要はありません。
  • 誤り:「派遣社員が怪我をした場合、自社の労災にはならない」
    → 2021年の法改正により、自社施設内で働く外部スタッフの事故について、発注元が連帯責任を負うケースが増えています。
  • 誤り:「ST-7は従業員が勝手に出すものだ」
    → 会社記入欄があります。ここを適当に書くと、事実と異なる認定(例えば通勤災害なのに業務災害にされる等)を受けるリスクがあります。

チェックリスト

  • 労災発生時、従業員にST-7(照会書)を会社へ持ってくるよう指導しているか。
  • ST-7記入時に、それが「業務災害」か「通勤災害」か、あるいは「業務外」かを慎重に判断しているか。
  • 毎年2月の「労災保険料率の確定申告(Determinación de la Prima)」において、通勤災害を除外して計算しているか。
  • 安全衛生委員会を設置し、定期的な巡回記録を残しているか。

まとめ

労災対応の要諦は「初動(ST-7)」にあります。従業員の健康を守るのは当然ですが、事実と異なる申告に対しては毅然と対応し、正しい保険料率を維持することも経営管理の一環です。通勤災害と業務災害の違いを明確にし、現場管理者にも周知徹底しましょう。

本記事は、『日系企業が安心してメキシコで事業を展開できるための知識基盤』を目的に作成しています。今後も実務に役立つ情報を発信してまいります。

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リソース:

  • メキシコ社会保険法(LSS)第72条(保険料率計算)
  • IMSS公式:ST-7記入ガイド
  • STPS(労働省):NOM-019(安全衛生委員会)