メキシコの雇用契約書作成の実務|試用・時間・給与・テレワーク
はじめに
雇用契約書は、単に法律(LFT第25条)の必須項目を埋めるだけでは機能しません。実際の労務管理においては、「試用期間をどう設定するか」「残業代の計算根拠をどう書くか」「テレワークの費用負担をどう規定するか」といった、具体的な運用ルールの明文化が求められます。
本記事は【実務解説シリーズ:実務編】として、採用から退職までのリスクをカバーするための、具体的な契約条項の設計と運用ポイントを解説します。
サマリー:条項設計の4つの柱
- 雇用形態:「無期」が原則。試用期間(30日/180日)や初期訓練契約は、要件を厳格に記載しないと無効になる。
- 労働時間:シフト区分(昼・夜・混合)と残業承認フローを明記し、未払いリスクを遮断する。
- 報酬・福利:給与額だけでなく、法定給付(Aguinaldo等)や社会保険(IMSS)との整合性を確保する。
- 特別条項:テレワーク、安全衛生(NOM)、個人データ保護など、現代的なコンプライアンス要件を網羅する。
詳細解説
1) 雇用形態と試用・訓練条項(LFT第39条関連)
「とりあえず有期契約で」という運用はリスクがあります。実態に即した形態を選び、条件を明記します。
- 無期 vs 有期:
恒常的な業務は原則「無期契約」です。有期契約を結ぶ場合は、「プロジェクトの代替要員」や「特定の季節業務」など、合理的な理由を契約書に明記する必要があります。 - 試用期間(Periodo de Prueba):
一般職は最大30日、管理職等は最大180日。重要なのは「目的・評価基準・不合格時の解雇権」を条文に入れることです。これがないと、期間終了時の解雇が不当解雇とみなされます。 - 初期訓練(Capacitación Inicial):
就労しながら訓練を受ける形態です(3ヶ月〜6ヶ月)。試用期間との併用は不可です。
2) 労働時間・残業・休日条項
残業代トラブルを防ぐための防波堤となる条項です。
- 所定労働時間:
LFT第61条に基づき、昼間8h/夜間7h/混合7.5hの区分を明記します。休憩時間(最低30分)も明記し、拘束時間との区別をつけます。 - 残業(Tiempo Extra):
「残業は上長の書面による事前承認がある場合のみ認める」という条項が必須です。これにより、勝手な居残り残業に対する支払い義務を争う余地が生まれます。割増率(2倍・3倍)は法定通り記載します。 - 休日・休暇:
週休(原則日曜日)、法定祝日、年次有給休暇(初年度12日〜)の付与日数を記載します。
3) 報酬・福利厚生と税務・社保の整合
契約書の金額は、すべての行政手続きのベースとなります。
- 給与構成:
基本給だけでなく、賞与(Aguinaldo 15日以上)、休暇手当(Prima Vacacional 25%)、PTU(利益分配)の権利を明記します。 - 整合性(CFDI・IMSS):
契約書の額面は、給与明細(CFDI de nómina)および社会保険(IMSS)の登録賃金と完全に一致していなければなりません。「裏給与」や「記載漏れ」は脱税・社会保険逃れとして厳罰対象です。
4) テレワーク・安全衛生・個人データ
近年の法改正に対応した「現代的な条項」です。
- テレワーク(Teletrabajo):
労働時間の40%以上を在宅で行う場合、LFT第330-A条およびNOM-037に基づき、費用負担(電気・ネット代)、機器貸与、安全衛生、切断権(つながらない権利)を規定します。 - 安全衛生・NOM-035:
従業員に対し、安全ルールの遵守や心理社会的リスク(ストレス等)の調査への協力を義務付ける条項を入れます。 - 個人データ保護(LFPDPPP):
プライバシー通知(Aviso de Privacidad)への同意条項を入れ、特に指紋や健康情報などの機微情報の取り扱いを適法化します。
5) その他の必須条項
- 教育訓練(Capacitación):研修計画(Plan de Capacitación)に従う義務。
- 受益者指定:死亡時の給付受取人(氏名・関係)の指定。
- 外国人雇用:「ビザの有効性」を雇用継続の条件とする条項。
実務FAQ:契約書作成の疑問
- Q. 契約書は毎年更新する必要がありますか?
A. 無期契約なら不要です。
ただし、昇給や配置転換があった場合は、変更内容を記した「変更合意書(Convenio Modificatorio)」を作成し、履歴を残す必要があります。 - Q. 日本語の契約書でも有効ですか?
A. 無効ではありませんが、リスクが高いです。
労働裁判所ではスペイン語のみが証拠となります。必ずスペイン語(または西日併記)で作成し、「スペイン語を正とする」条項を入れてください。 - Q. 残業代の計算方法まで詳しく書く必要がありますか?
A. 「LFTの規定に従う」で十分です。
詳細な計算式まで書くと法改正時に修正が必要になるため、基本は法定通りとし、就業規則で補完するのがスマートです。
実務チェックリスト
- 試用期間(30日/180日)の目的と評価基準が明記されているか。
- 労働時間はシフト区分(昼・夜・混合)に合わせて正確に記載されているか。
- 給与額は、CFDIおよびIMSS登録額と一致しているか。
- テレワーク対象者の場合、費用負担やNOM-037対応の条項が含まれているか。
- 個人データ保護法に基づく同意条項が含まれているか。
まとめ
雇用契約書は、会社を守るための「盾」です。法定の必須項目(基礎編)をクリアした上で、本記事で解説した運用ルール(試用・残業・テレワーク等)を詳細に落とし込むことで、労務紛争に強い契約書が完成します。定期的に法改正(年休増など)を反映し、メンテナンスを行うことも忘れずに行いましょう。
本記事は、『日系企業が安心してメキシコで事業を展開できるための知識基盤』を目的に作成しています。今後も実務に役立つ情報を発信してまいります。
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リソース:
- メキシコ連邦労働法(LFT)第25条・第39条・第330条
- NOM-037-STPS(テレワーク安全衛生)
- SAT(CFDI発行ガイド)
