メキシコの定年制度と再雇用の仕組み
はじめに
日本企業がメキシコで陥りやすい誤解の一つが「60歳になったら定年退職」という感覚です。メキシコ労働法には「定年」という概念がなく、年齢を理由に雇用契約を終了させることは不当解雇(差別)とみなされます。しかし、社会保険(IMSS)の年金制度は60歳から始まります。本記事では、法的な定年の不在と、実務上の「退職・再雇用」のプロセスについて解説します。
サマリー
- 定年なし:法律上の一律定年は存在しない。就業規則で定めても、本人が同意しなければ解雇(補償金対象)となるリスクがある。
- 年金受給:IMSS年金は60歳(Cesantía)または65歳(Vejez)から受給可能だが、申請には「退職(IMSS資格喪失)」が必須条件となる。
- 再雇用ルール:同じ会社で年金をもらいながら働き続けるには、一度退職してから「6ヶ月の待機期間」を空ける必要がある(LSS規定)。
- 契約実務:「定年退職」という形ではなく、あくまで「合意退職(Convenio)」の形をとるのが実務の定石である。
詳細解説
1) 「法定定年」は存在しない
メキシコ連邦労働法(LFT)には「定年」に関する条項がありません。逆に、第3条等は年齢による差別を禁じています。
- リスク:「就業規則で60歳定年と決めているから」といって一方的に退職通知を出すと、不当解雇(Despido Injustificado)として訴えられ、憲法上の補償(3ヶ月分等)を請求される可能性が高いです。
- 対応策:従業員と話し合い、「年金受給の年齢になったので、一度退職して年金手続きをしませんか」と促し、合意退職(Convenio)の形をとる必要があります。
2) IMSS年金の種類と受給要件
退職のタイミングは、IMSS年金の受給開始年齢に合わせるのが一般的です。
| 種類 | 年齢 | 支給率(目安) | 要件 |
|---|---|---|---|
| Cesantía en Edad Avanzada (高齢による失職) | 60歳〜64歳 | 75% 〜 95% | ・失業状態であること(退職済み) ・所定の加入週数を満たしていること |
| Vejez (老齢年金) | 65歳以上 | 100% | 同上 |
3) 再雇用の「6ヶ月ルール」(重要)
「年金をもらいながら、同じ会社で働き続けたい」というニーズは多いですが、社会保険法(LSS)には厳しい制約があります。
- Baja(資格喪失)が必須:
年金申請をするためには、まずIMSSの被保険者資格を喪失(退職)していなければなりません。働きながらの申請はできません。 - 6ヶ月の待機期間:
同じ雇用主(会社)が再雇用する場合、退職(Baja)から再入社(Alta)までに少なくとも6ヶ月の期間を空ける必要があります。これを守らないと、年金支給が停止されるリスクがあります。
誤解と理解
- 誤り:「60歳になった日に自動的に雇用契約が終了する」
→ 誤りです。 契約は継続しています。終了させるには、本人との合意(退職届または合意書)が必要です。 - 誤り:「再雇用の給与は自由に下げていい」
→ 一度完全に退職(勤続年数の精算=Finiquito/Prima de Antigüedadの支払い)を行い、全く新しい雇用契約として再契約する形であれば、双方合意のもとで新しい給与を設定可能です。 - 誤り:「定年退職なら勤続手当(Prima de Antigüedad)は不要」
→ 逆です。 15年以上勤続した従業員が退職する場合(理由問わず)、法定の勤続手当(12日分/年)を支払う義務があります。
実務チェックリスト
- 就業規則に「定年(Jubilación)」の項目がある場合、それが「自動解雇」と解釈されない表現になっているか確認したか。
- 60歳を迎える従業員に対し、個別に年金希望の有無や退職時期を面談しているか。
- 再雇用を希望する場合、IMSSの「6ヶ月待機ルール」を本人に説明しているか。
- 定年退職扱いとする際、勤続手当(Prima de Antigüedad)やAguinaldoの精算を正しく行っているか。
まとめ
メキシコには法的な定年がないため、企業の「定年制度」はあくまで社内ルールに過ぎません。強制力を伴わせるには慎重な運用が必要です。年金受給との兼ね合いを理解し、従業員にとってメリットのある形(年金+再雇用の道筋など)で合意形成を図ることが、トラブルなき世代交代の鍵となります。
本記事は、『日系企業が安心してメキシコで事業を展開できるための知識基盤』を目的に作成しています。今後も実務に役立つ情報を発信してまいります。
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リソース:
- 社会保険法(LSS)
