メキシコのハラスメント対策実務
はじめに
メキシコにおいてハラスメント対策は、企業のコンプライアンス(法令順守)の最重要項目の一つです。2019年の労働法改革により、すべての企業に対して「ハラスメント防止プロトコル(Protocolo)」の策定が義務付けられました。
本記事は【実務解説シリーズ:実務編】として、単なる定義論にとどまらず、実際に被害申告があった際の「調査委員会の立ち上げ方」や「加害者への処分プロセス」、そして現場で判断に迷うケースをまとめた「実務FAQ」について解説します。
サマリー:ハラスメント対応の必須要件
企業が法的責任を問われないためには、以下の仕組みが「稼働していること」が必要です。
| 項目 | 実務対応のポイント |
|---|---|
| プロトコル策定 | LFT第132条XXXI項に基づき、防止・対応手順書を作成し、労働者と合意・周知する。 |
| 通報窓口 | 匿名性を担保した窓口(メール、投書箱等)を設置し、担当者を明確にする。 |
| 調査委員会 | 事案発生ごとに、利害関係のない中立的なメンバー(人事、法務、従業員代表等)で構成する。 |
| NOM-035連携 | ハラスメントは「心理社会的リスク」として扱い、予防措置を講じないとNOM違反(罰金)となる。 |
詳細解説
1) AcosoとHostigamientoの法的区別と処分基準
対応を誤らないために、まずは法的定義を明確にします。
- Hostigamiento(オスティガミエント)
職務上の従属関係(上司→部下)において行われる、反復的な権力行使。いわゆるパワハラや、地位を利用したセクハラ。
→ 権力を背景としているため、会社としての管理責任がより重く問われます。 - Acoso Sexual(アコソ・セクシュアル)
従属関係の有無に関わらず(同僚間など)、性的な欲望や言動によって被害者の尊厳を傷つける行為。
→ 一発アウト(即時解雇)の対象となりやすい事案です。
2) 調査委員会の立ち上げと「暫定措置」
通報があった場合、事実確認が完了する前であっても、被害者の安全を守るためのアクションが必要です。
- 調査委員会の設置
あらかじめプロトコルで定めたメンバー(例:人事部長、コンプライアンス担当、従業員代表の3名)を招集します。加害者の直属上司は「かばう」可能性があるため、原則除外します。 - 暫定的な保護措置(Medidas Cautelares)
調査期間中、加害者とされる人物と被害者を物理的に接触させない措置をとります。
・座席の移動
・加害者の自宅待機(Goce de Sueldo:有給扱いが無難)
・シフトの変更
3) 処分決定と解雇通知
調査の結果「クロ」と判定された場合、就業規則に基づき処分を下します。
- 懲戒解雇(Rescisión):
LFT第47条は、ハラスメント(暴力、脅迫、侮辱、虐待)を正当な解雇理由として認めています。解雇通知書(Aviso)には、「いつ、どこで、誰に対し、どのような行為をしたか」を具体的に記載し、調査報告書を根拠として提示します。 - 記録の重要性:
適正なヒアリング(加害者の弁明機会の付与を含む)を経ずに解雇すると、逆に不当解雇として訴えられるリスクがあります。全ての面談記録(Acta Administrativa)を残してください。
実務FAQ:現場でよくある判断ミスと対処法
- Q. 匿名通報で「証拠はないが調べてほしい」と言われました。無視できますか?
A. 無視はNGです。調査義務があります。
証拠がなくても、関係者へのヒアリングや環境調査を行う義務があります。「調査したが事実は確認できなかった」という報告書を残すことで、会社が通報を放置しなかった(安全配慮義務を果たした)証拠とします。 - Q. 調査期間中、加害者を自宅待機させる場合、給料はカットできますか?
A. 原則できません(有給対応推奨)。
まだ「疑い」の段階で給与を止めると、加害者側から「不当な処分だ」と訴えられるリスクがあります。調査が完了し処分が決定するまでは、有給(Goce de Sueldo)での自宅待機とするのが実務上の安全策です。 - Q. 被害者が「事を荒立てたくない、内密にしてほしい」と言っています。
A. 慎重な対応が必要です。
被害者の意向は尊重すべきですが、重大なハラスメント(刑事事件レベル)を放置すると会社の責任になります。「公式な調査は控えるが、配置転換で接触を断つ」など、被害者が安心できる最低限の措置は講じるべきです。 - Q. 社内不倫のもつれはハラスメントですか?
A. 業務に支障が出れば対象となります。
プライベートな関係であっても、職場で口論したり、別れ話の腹いせに業務上の嫌がらせ(Hostigamiento)をしたりする場合は、就業規則違反およびハラスメントとして処分の対象となります。
実務チェックリスト
- 「ハラスメント防止プロトコル(Protocolo)」を策定し、全従業員が閲覧できる状態にしているか。
- 相談窓口(担当者)を明確にし、ポスターやイントラネットで周知しているか。
- ハラスメント事案が発生した際、すぐに招集できる「調査委員会」の候補メンバーを決めているか。
- 管理職に対し、Hostigamiento(パワハラ等)のリスクに関する教育研修を年1回以上実施しているか。
まとめ
ハラスメント対策の実務は、「プロトコル」というルールブックを作り、有事の際にはその手順通りに粛々と「調査・記録」を行うことに尽きます。感情的な対応を避け、客観的なプロセスを積み重ねることが、被害者の救済と会社の防衛につながります。
本記事は、『日系企業が安心してメキシコで事業を展開できるための知識基盤』を目的に作成しています。今後も実務に役立つ情報を発信してまいります。
関連記事:
リソース:
- メキシコ連邦労働法(LFT)第3条 Bis・第132条 XXXI
- NOM-035-STPS(心理社会的リスク)
