メキシコ勤怠管理の実務|シフト別上限と残業計算の複雑なケース
はじめに
メキシコの勤怠管理において、現場の管理者が最も頭を悩ませるのは「イレギュラーなケース」の処理です。「夜勤の残業計算は昼勤と同じでいいのか?」「週の途中で残業が9時間を超えたらどう計算するのか?」といった問いに対し、正確に回答できなければ給与計算ミスや労務リスクに直結します。
本記事は【実務解説シリーズ:実務編】として、シフトごとの法定労働時間枠の違いと、具体的な計算実務、監査対策について解説します。
サマリー:勤怠管理の運用ポイント
- シフト別上限:残業発生の基準は一律48時間ではない。夜間は週42時間、混合は週45時間を超えた時点で残業となる。
- 残業計算:「週9時間」の枠管理が最重要。週の前半で枠を使い切ると、後半の残業はすべて3倍払い(トリプル)となる。
- 休日労働:「日曜勤務(25%手当)」と「祝日勤務(200%加算)」は別物であり、重複時は両方を加算する。
- 監査対策:労働省(STPS)の監査では、勤怠記録と給与明細(CFDI)、そして「残業承認書」の整合性が問われる。
詳細解説
1) 残業の開始基準:シフトごとの「週上限」
残業代(時間外手当)の計算において、最初の落とし穴は「定時(所定労働時間)」の設定ミスです。メキシコでは勤務時間帯によって週の上限が異なります。
| 勤務区分 | 時間帯 | 1日の上限 | 週の上限 (6日勤務) |
|---|---|---|---|
| 昼間勤務 (Diurna) | 06:00 - 20:00 | 8時間 | 48時間 |
| 夜間勤務 (Nocturna) | 20:00 - 06:00 | 7時間 | 42時間 |
| 混合勤務 (Mixta) | 昼と夜の組合せ | 7.5時間 | 45時間 |
実務上の注意点:
夜間勤務(Nocturna)の従業員に対して、「週48時間までは定時」として計算してしまうと、6時間分(48-42)の残業代未払いが発生します。シフトごとに正しい「残業発生ライン」をシステム設定する必要があります。
※混合勤務において、夜間時間帯が3.5時間以上含まれる場合は、自動的に「夜間勤務」扱い(上限42時間)となります。
2) 残業代(時間外割増)の複雑な計算実務
「週9時間までは2倍」というルールはシンプルですが、日々の積み上げ計算でミスが多発します。
ケーススタディ:ある週の残業実績
月曜:3時間、火曜:3時間、水曜:3時間、木曜:2時間(合計11時間)
| 曜日 | 残業時間 | 累計 | 支払区分 |
|---|---|---|---|
| 月曜 | 3h | 3h | 2倍(Double) |
| 火曜 | 3h | 6h | 2倍(Double) |
| 水曜 | 3h | 9h | 2倍(Double) ※ここで「週9時間枠」を使い切る |
| 木曜 | 2h | 11h | 3倍(Triple) ※9時間を超えた分は全て3倍 |
実務の注意点:
給与計算システムの設定において、「週の累計が9時間を超えた瞬間からレートを切り替える」ロジックが正しく組まれているか確認が必要です。
3) 「日曜・祝日・休日出勤」の重複計算
日曜と祝日が重なった場合や、振替休日を取得した場合の扱いです。
- 日曜かつ祝日に出勤した場合:
以下の3つを全て支払うのが最も安全な(リスクの低い)運用です。
① 通常の1日分の給与
② 祝日出勤手当(給与の200%)
③ 日曜手当(給与の25%)
= 合計 3.25倍の支払い - 振替休日(Descanso Laborado)の罠:
休日に出勤させ、代わりに平日を休ませたとしても、法的には「休日労働の事実」は消えません。原則として200%の割増賃金の支払い義務は残ります(代休での相殺は法のグレーゾーンであり、推奨されません)。
4) フレックス運用と「LFT第59条」の活用
基礎編で述べた通り、日本式の変形労働(月単位調整)はメキシコでは認められませんが、週単位での調整は可能です。
- LFT第59条の活用(実務解):
雇用契約書に「土曜日の午後を休むために、週48時間(夜間なら42時間)を月〜金に再配分する」といった条項を入れます。
例:月〜木 9.5時間、金 10時間 = 合計48時間
この契約があれば、1日8時間を超えても直ちに残業とはならず、定時内として扱えます。
5) 監査(Inspección)に備える証跡管理
労働省の監査官は、以下の書類の「整合性」をチェックします。
- 勤怠記録(Asistencia):タイムカードや生体認証ログ。
- 残業承認書(Autorización):「会社が命じた残業である」ことを証明する書類。これがないと「従業員が勝手に行った」という主張は通らず、未払い賃金として指摘されます。
- 給与明細(CFDI):上記記録に基づき、割増分が正しく支払われているか。
実務FAQ:現場の悩みと解決策
- Q. 夜勤シフト(Nocturna)の残業代計算はどうなりますか?
A. 週42時間を超えた時点から発生します。
昼勤の「48時間」基準を適用するのは誤りです。夜勤者が週45時間働いた場合、すでに3時間の残業が発生しています。 - Q. 遅刻した従業員の給与をカットできますか?
A. 「働いていない時間分」のみカット可能です。
例えば15分遅刻した場合、その15分分の賃金を控除することは合法です。しかし、「遅刻1回につき罰金500ペソ」のような懲罰的減給は違法(LFT第107条)です。 - Q. 管理職(Confianza)に残業代は不要ですか?
A. タイムカードを押させているなら必要です。
管理職であっても、出退勤時間を厳格に管理している場合、実態は「時間管理された労働者」とみなされ、残業代請求のリスクが高まります。
実務チェックリスト
- 給与計算システムの設定が、シフトごとの法定上限(48h/42h/45h)に基づいているか。
- 週9時間を境にした「2倍・3倍」の自動計算ロジックが正しく設定されているか。
- 休日出勤が発生した場合、代休だけでなく「割増賃金(200%)」の支払いを優先しているか。
- フレックス制を導入している場合、雇用契約書に「LFT第59条に基づく時間の再配分」条項があるか。
まとめ
勤怠管理の実務は、「正しい計算基準(シフトごとの上限)」と「正しい記録(証跡)」の両輪で成り立ちます。特に夜間・混合シフトの残業計算ミスや、休日労働の扱いミスは、退職時の精算トラブルの主因となります。システム任せにせず、管理者が計算ロジックを理解しておくことが重要です。
本記事は、『日系企業が安心してメキシコで事業を展開できるための知識基盤』を目的に作成しています。今後も実務に役立つ情報を発信してまいります。
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リソース:
- メキシコ連邦労働法(LFT)第61条(労働時間上限)、第66〜68条(残業計算)
