メキシコのテレワーク実務|費用負担の相場と「オフィス回帰」の契約対策
はじめに
メキシコでテレワーク(在宅勤務/Teletrabajo)を導入・継続する際、多くの経営者が直面する二大課題があります。それは、「従業員の電気・ネット代を具体的にいくら負担すべきか」というコストの問題と、「一度在宅を認めた社員を、業務都合でオフィスに戻せるのか」という人事権の問題です。連邦労働法(LFT)は企業の義務を定めていますが、実務レベルの具体的な金額や手順までは明記されていません。
本記事は【実務解説シリーズ:実務編】として、これらの法的なグレーゾーンに対する実務的な「落としどころ(相場)」と、トラブルを未然に防ぐための契約書条項、さらにNOM-037(安全衛生)への効率的な対応策について詳細に解説します。
サマリー:テレワーク導入の必須要件とコスト
まず、自社の運用がテレワーク法(LFT第330条-A〜)の適用対象となるかを確認しましょう。適用有無は「時間の割合」で決まります。
| 項目 | 適用条件・実務対応 |
|---|---|
| 適用の境界線 | 労働時間の40%以上を事業所外で行う場合に適用。 (週1日程度の在宅なら適用外=福利厚生扱いでOK) |
| 費用負担 | 月額 300〜600ペソ程度の定額手当が相場。 (電気代比例分+ネット代として支給) |
| オフィス回帰 | 原則は「双方合意」が必要だが、契約書に「命令権」を留保することでリスクヘッジ可能。 |
| NOM-037 | 会社による自宅訪問は不要。「自己点検リスト」の回収で代替する。 |
詳細解説
1) 電気代・ネット代の負担相場と非課税での支払い方法
LFT第330-E条は、企業に対し「電気代の比例分とインターネット代の負担」を義務付けています。しかし、具体的な計算式は法に存在しません。したがって、実務では以下のような運用が一般的です。
推奨される運用:定額支給方式
毎月、全従業員の自宅電気代の領収書を回収し、業務使用分を按分計算することは、事務コストが莫大になり現実的ではありません。そのため、多くの日系企業は「月額 300ペソ 〜 600ペソ」程度の固定額を「テレワーク手当」として一律支給する方式を採用しています。
税務上の扱い(節税メリット):
さらに重要なのが税務処理です。この手当を「給与(所得)」として支給してしまうと、所得税(ISR)や社会保険料の対象となってしまいます。しかし、これを「業務遂行のツール(Herramienta de Trabajo)」として適切に規定し処理することで、IMSS(社会保険料)の算定基礎から除外でき、かつ従業員の所得税もかからない非課税運用が可能となります。ただし、金額が過大でないことや、就業規則への明記が条件となるため注意が必要です。
2) テレワークから「オフィス回帰」させるための契約条項
パンデミックが落ち着き、生産性向上のために出社勤務に戻そうとした際、「在宅の権利があるはずだ」と従業員に拒否されるトラブル(Reversibilidadの問題)が増加しています。これに対処するには、契約段階での防衛策が不可欠です。
原則(LFT第330-G条):
法律上、テレワークからオフィス勤務への変更(Reversibilidad)には、「双方の合意」が必要とされています。つまり、従業員が「No」と言えば、強制的に戻すのが難しいのが法の建前です。
対策(契約書の条項):
このリスクを回避するために、テレワーク開始時に締結する契約書(Addendum)に、以下の条項を必ず盛り込んでください。
「会社は、業務上の必要性や生産性の低下が認められた場合、いつでもオフィス勤務への復帰を命じる権利を留保する」
このような事前合意があれば、会社の命令権を行使する正当な根拠となります。なお、労働契約の基本的な考え方については、【実務解説】労働契約の基本ルール(基礎編)もあわせてご参照ください。
3) NOM-037(安全衛生)監査をクリアする自己点検リスト
2023年に施行されたNOM-037では、在宅勤務者の作業環境(照明、換気、騒音、人間工学に基づいた椅子など)を確認する義務が企業に課されました。しかし、「会社が全社員の自宅を訪問点検する」ことはプライバシーやコストの観点から不可能です。
解決策:自己点検リストの活用
幸いなことに、NOM-037は「従業員による自己申告」を認めています。実務的な対応フローは以下の通りです。
- 会社が作成したチェックリスト(照明、換気、椅子の有無など)を従業員に配布する。
- 従業員が記入し、作業スペースの写真を添付して会社に提出する。
- 安全衛生委員会が内容を確認し、承認の署名をする。
このプロセスを経て記録を残しておけば、労働省(STPS)の監査でも「安全配慮義務を果たした」とみなされます。安全衛生委員会についての詳細は、【実務解説】安全衛生規則(NOM)と監査対策(実務編)で解説しています。
よくある誤解とリスク管理(FAQ)
- Q. 週1回の在宅勤務でも、椅子や手当を支給しなければなりませんか?
A. いいえ、不要です。
テレワーク法の適用条件は「労働時間の40%以上」です。週1日(20%)程度の利用であれば、法的な義務(費用負担やNOM対応)は発生せず、単なる「福利厚生」として運用できます。この場合、時短勤務など他の柔軟な働き方との組み合わせも検討可能です(参照:【実務解説】時短勤務とフレックス導入の注意点(実務編))。 - Q. テレワーク手当は給与の一部として払えばいいですか?
A. 給与にすると課税されます。
給与項目(Salario)にしてしまうと、所得税とIMSS負担が増えます。必ず「道具手当(Herramienta)」等の項目で区分し、非課税枠として処理してください。
実務チェックリスト
- テレワーク対象者(週40%以上)と、個別の「テレワーク合意書(Addendum)」を締結しているか。
- 合意書の中に「会社の命令によるオフィス復帰権」を明記しているか。
- 電気・ネット代の補助額(定額)を決定し、就業規則に規定しているか。
- NOM-037対応として、従業員から「自宅環境のチェックリスト」を回収・保管しているか。
まとめ
テレワークの実務は、「40%ライン」の使い分けと「契約書の防衛条項」が鍵です。週1〜2回のカジュアルな在宅なら法の対象外(福利厚生)で済みますが、本格導入するならコストと撤退戦略(戻す権利)を固めてからスタートしましょう。適切な制度設計は、コスト削減だけでなく、優秀な人材の定着にも寄与します。
本記事は、『日系企業が安心してメキシコで事業を展開できるための知識基盤』を目的に作成しています。今後も実務に役立つ情報を発信してまいります。
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